生きるほどに恋をする

遺書であり手紙であり日記です。

2021年12月16日

深夜、東京に旅行に行っている友達から電話がかかってきて目が覚めた。

すぐ話終わるかと思ったけれど、朝の7時まで話し込んでしまっていた。

途中コンビニに行ったりした

深夜のコンビニがとても好きだ。

何よりも明るいし、なにかを許してくれる気がする。

 

去年の今頃、好きな歌をイヤホンから流して、好きな人のことを考えながらよく家から4番目に遠いコンビニまでよく散歩していた。

それを思い出しただすだけで、涙を流しそうになる。

 

起きたのは結局昼の2:30で罪悪感が半端じゃなかった。

贖罪でもなんでもないけれど、たまっているレポートに少しだけ手をつけた。


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最近、自分で居たくないと思うことが多い。

(自分のことが嫌い)みたいなちゃちな理由だけでは片付けられないくらいの自分で居たくなさがある。

生きていく(自分でいる)うえで、加害性と付き合って生きていくのは大変だ。

誰かを傷つけないと形を保てない時があって、それならもういっそ保てないままバラバラになって死んだ方がいいのだろうけど、それすら出来ない。

形を保てたとしても、その醜さに耐えられないのだから意味はない。

 

僕は好きな人に対してでさえ加害者にしかなれなかったんだと思う。

ちゃんと向きあうことが出来たらってことを考えないわけじゃない

 

だけどきっとこの体じゃ無理かなと思う。

 

来世では、、、なんて望みませんのでこの生命線上でまた会いたいです。